【イタリア旅行】㉞ (ナポリ・カプリ島) ざっくりナポリの歴史 -1 (~ギリシャ時代)

イタリア

海外旅行に行きたい!イタリア。今回はナポリと南イタリアの歴史についてザックリと振り返ります。

臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬ (シェイクスピア「ジュリアス・シーザー」のセリフ)

太古の昔、50万年前、地中海沿岸にはネアンデルタール人もクロマニオン人も住んでいたと言われます。ナポリのある南イタリアは地球規模の寒冷化の時代を乗り越えることのできる、イタリアの中でも特に温暖な地域にあり、氷河期を含む長い時代に亘って人に住みやすい環境を提供してきた場所のようです。これまで、人種や民族、部族の入れ替わりはあったのでしょうが、地球規模で見ても最も古くから人が住み、どの時代も人々の暮らしが途絶えることなく続いてきた土地のようです。

ナポリの歴史

ナポリは古代遺跡の宝庫です。ナポリ付近には遺跡がいくつもあります。代表的なポンペイ遺跡はローマ時代に起こったナポリ近郊ベスビオ火山の大噴火が人口1万人の都市を溶岩大地の中に2000年もの間そのまま眠らせてしまったもので、ローマ時代の人々の生活をあたかも歴史アトラクションのように生々しく現代に蘇らせた遺跡としてイタリアを代表するローマ遺跡の一つとして多くの観光客から人気を集めています。また、少し南に下ったところにあるパエストゥム遺跡はさらに時代を遡り、ギリシャ文明の最盛期にイタリア半島に建築されたギリシャの植民都市の跡です。イタリアの中ではこことシチリア島でしか形のあるギリシャ時代の遺跡を見ることはできません。

ギリシャ時代

イタリア内に現存する遺跡で、最も古いものはギリシャ遺跡です。ギリシャには数万年前の氷河時代から人が住んでいたそうですが、ギリシャ文字を使い、アクロポリスで代表される都市国家に住み、哲学や演劇を楽しんだ高度な文明のギリシャは紀元前800年頃のものです。上で紹介しましたようにナポリの南東80kmほどの海岸沿いにパエストゥム(Paestum)という、紀元前700年頃にギリシャから植民してきた人たちが造った植民都市の跡があります。1km四方の広い遺跡公園で、公園内には下の写真のヘラ神殿という、アテネのパルテノン神殿より一回り小さく、2700年もの間建ち続けた神殿がそのまま保存状態よく残っています。パエストゥムは後世、洪水の多発地帯となり、住民が町を離れ誰も寄り付かなくなって人々に忘れられたため、現在まで保存状態良く残ったということらしいです。ここは世界遺産に指定されています。シチリア島まで下れば多くのギリシャ遺跡がありますが、アクセスが容易なイタリア半島内ではここが代表的なギリシャ遺跡となります。

ナポリ自体もギリシャ時代から続く都市だそうです。カプリ島に行く連絡船の船着き場の近くにある出島(卵城)にギリシャからの植民地が一番最初に造られたそうです。また、卵城から西方に16km行った海岸線にクーマエというギリシャ遺跡があります。ナポリはギリシャの勢力圏の境界エリアに位置していました。ここは付近の植民都市の中心都市として機能した大都市だったようですが、遺跡が荒れ果てているのもさることながら、この都市はローマ時代にも地方都市として繁栄したからでしょうか、遺跡に現存する石組みを見るとローマ建築特有のアーチ式の石組みがたくさん残っていて、素人にはギリシャの痕跡を見つけ出すのは難しそうです。ナポリ自体は2500年の間、衰えることなく人が住み続けてきて、現在のナポリにはギリシャ時代の面影を紹介している観光施設はありません。

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